分類:食肉目イヌ科
シートン大友の百獣画録 第53話「人間とオオカミ」
オオカミ(ただしこちらは絶滅した種類である可能性が示唆されている)は、人間の最良の友と呼ばれるイヌの祖先です。しかしその割に、人間との関係は良好だったとは言い難い。むしろ長い歴史の大半において、オオカミは人間に憎まれ、恐れられ、追い立てられてきました。第43話のコヨーテは「オオカミに似てオオカミにあらず」でしたが、今回はいよいよ本家の登場です。そしてこの本家の物語は、コヨーテのような「したたかな生き残り」の話ではありません。
氷河時代、狩猟採集生活を送っていた人間にとって、オオカミは獲物を取り合う強力なライバルでした。同じ獲物を追いかける者同士、自ら人間の方に近付いてきた一部の例外を除けば、仲良くなれるはずがありません。やがて時代が進み、人間が家畜の放牧を始めると、オオカミは家畜を襲うことがありました。ライバルから、家畜を脅かす敵へ。人間のオオカミに対する感情は、時代とともに悪化していったのです。さらに追い打ちをかけたのが、赤ずきんちゃんに代表される物語の存在でした。オオカミが人間を食べる悪者として描かれたことで、人間はオオカミを必要以上に恐れるようになりました。第15話のハイエナは「嫌われ者のイメージは人間が勝手に作り上げた」という話でしたが、オオカミもまた、物語によってイメージを塗り替えられた動物なのです。人間は家畜と自分自身を守るためだとして大規模なオオカミ狩りを行い、オオカミは方々の地域で絶滅していきました。第11話のキタシロサイ、第19話のバイソン、第40話のカスピトラ。このシリーズで何度も繰り返されてきた「人間のせいで消えた動物」の系譜に、オオカミもまた名を連ねています。
しかし、世界中がオオカミを敵視していたわけではありません。実は日本では、オオカミは神として祀られていたのです。日本は農耕の国でした。農民にとって、当時生息していたニホンオオカミは、作物を食い荒らすシカやイノシシといった草食獣を狩ってくれる益獣――つまり役に立つ動物だったのです。第7話でタヌキを「日本では当たり前の存在が海外では珍獣」とご紹介しましたが、オオカミはその逆です。ヨーロッパでは悪魔のように恐れられていた動物が、日本では神として崇められていた。同じ動物に対する評価が、文化と暮らしの違いでここまで正反対になるというのは、中々興味深い話です。
しかし、ニホンオオカミもやがて神の座から引きずり降ろされるときが来ました。ヨーロッパのキリスト教をはじめとする文化が日本に入ってきたのと同時に、ヨーロッパのオオカミを迫害する習慣も入ってきてしまったのです。さらに追い打ちをかけたのが、ヨーロッパから持ち込まれたイヌでした。イヌがジステンパーや狂犬病といった病気を持ち込み、ニホンオオカミ達は次々と倒れていきました。第43話のコヨーテは「人間の都合を逆手に取って勢力を伸ばした」動物でしたが、ニホンオオカミは人間の都合に押し潰されてしまった。そして奈良県で捕獲された個体を最後に、ニホンオオカミは絶滅したと記録されています。・・・犬の兄弟分であるオオカミが、犬が持ち込んだ病気で絶滅した。何とも皮肉な結末です。