ブームに先駆けオープンした小さな老舗イタリアンのお店。
日本でティラミスが流行りだした時も、この店の常連客は「え?そんなのもう知ってるよ?」という状態だった。料理人もよく足を運んでいたし、お忍びの政治家、何店舗も経営する地元スーパーマーケットの社長、世界を股にかける経営者…。
でも高級店ではない、トラットリア…つまり食堂です。
個室などもありません。
子供連れの連れの主婦も、大学生も
皆、普通の夫婦が営む普通のお店で食事を楽しむ「お客さん」であった。
ここでのある日の話。
店に雑誌掲載のためフォトグラファーが来店。
フォトグラファーは料理に照明を当てながら、たまたま店に居合わせた少年にこういった。
「料理写真なんてめっちゃ簡単やで」
その後、大人になった少年は思った。
『嘘つき!難しいやんけ!』
なぜそう思ったかというと、
照明を当て、きれいな写真を撮ってみてもシェフは「違う」と言い張るからだ。
どうやら本当はもっと見せたいポイントというものがあるらしい。
シェフは僕の手を取ってカメラをぐんと皿に近づけた。
「実はここ、すごい手が込んでいて ── で、ここを見せたい。ここだけでも良いぐらいだな…」
すごいアップ。
その時はあんまし綺麗じゃないんじゃ…と思ったけれど、あとから思うと確かにそそる。
「あのな?写真が上手いとか下手とかどうでもいいから、もっと美味(うま)そうに撮ってくれよ」
あーなるほど。
このお店の料理が人を引き付けてやまない理由。それは「美味い」からだ。
そんな父が作る料理も今はもう味わうことができない。
父はあれから自分から広告は一切出さなかった。
そしてこれもそのひとつとなってしまった作品です。
