短編小説「春と犬」(楽曲つき短編集『犬みたいだね』収録)|小宵
雪哉さんはその日、詩を書かなかった。 朝、僕がいつものマグカップにコーヒーを入れて、できるだけ静かに襖を開けると、本とメモ書きが散乱した四畳間の奥で、雪哉さんはぼんやりパソコンの画面と向かい合っている。昨夜からカーテンが閉めっぱなしになっているせいで、部屋の中は薄暗く、液晶から漏れ出す青白い光が殊更に眩しい。キーボードに添えられたままの彼の左手の脇にマグカップを置いて、僕はさっさとカーテンを開けてしまう。 「まったく、こんなんじゃ具合悪くなりますよ。いつも言ってるじゃないですか」 そう言って、ふいと横を向くと、急速に室内を温め始めた初春の陽光に照らされて、雪哉さんがぽかんと口を開
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