本日より精神医療に関する動画も投稿していきたいと思います。
まずはメンタルヘルスリテラシーとスティグマについて、まとめました。
監修
筑波大学精神神経科講師 松崎朝樹先生
以下、原稿です。
皆さんこんにちは、一橋綾人です。
本日は精神医療に関しての動画を始めていくに当たって、重要な概念を整理するためのものになります。
まずは表題の概念をご説明いたします。単語を一つ一つ見ていきましょう。
リテラシーという言葉は元々は「読み書きの能力」という意味でしたが、最近では特定の分野に対する情報を理解し、活用する能力として使われています。
つづいて、ヘルスリテラシー。こちらは、健康を促進し維持する情報にアクセスし、理解し、使用する能力とされ、例としては健康的な食事に関する知識、病気の予防のための行動、応急処置のスキル、病院へ行くべき症状の知識などがあります。
そこに次いで導入されたのがメンタルヘルスリテラシーという用語です。
メンタルヘルスリテラシーは、『精神疾患に関する知識』疾患の症状や疫学に関する正しい知識と、『精神疾患の治療に関する知識』医療機関や治療法に関する知識、『セルフヘルプや周囲の人への援助に関する知識』などによって構成されています。
メンタルヘルスリテラシーを得ることによるメリットしては、もし自分が精神疾患となった場合、正しい方法でそれに一次的な対処をすることができ、また正しい医療的な援助、治療を受けることができます。周囲の人、知っている人が精神疾患で困惑している際、正しい知識を伝えたり対応することも可能となります。
各国のメンタルヘルスリテラシーのデータを見てみましょう。
ドイツで行われた、統合失調症、うつ病をそれぞれ識別できるかという一般市民への調査では、1990年台では統合失調症18%、うつ病が27%でしたが、その後2020年の再調査では統合失調症34%、うつ病46%と増加がみられました。
Grohmann E, Al-Addous A, Sander C, et al. Changes in the ability to correctly identify schizophrenia and depression: results from general population surveys in Germany over 30 years. Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol. 2024;59(10):1793-1801. doi:10.1007/s00127-024-02660-y
増加はあるものの、まだ十分ではないという状況ですね。
日本で行われた同様の研究では、2020年の段階で統合失調症は33.7%、うつ病は27.3%でした。
Yamaguchi T, Oguchi Y, Ojio Y, et al. T130. A SURVEY OF MENTAL HEALTH LITERACY USING THE INTERNET IN JAPAN. Schizophr Bull. 2020;46(Suppl 1):S279-S280. doi:10.1093/schbul/sbaa029.690
また日本とオーストラリアでの精神疾患に関する知識を調査した研究の中では、精神疾患の原因としてオーストラリアでは「感染症」「遺伝的な要因」が支持される傾向があったのに対し、日本では「個人の性格の弱さや神経質さ」を支持する傾向がありました。
日本の教育現場では、学習指導要領の改定により、2022年度から高等学校の保健体育において、精神疾患に関する教育が始まりました。以前から心の発達や不安や悩みへの対処が教育の現場で触れられることはありましたが、今回の改訂では精神疾患そのものを教育内容として扱うことが大きな変化といえます。
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop04/list/1398875.htm
つづいて、スティグマという概念についてご説明いたします。
スティグマとは、精神疾患のある人に対して向けられる否定的な固定観念、偏見、差別を含む広い概念です。
スティグマはまず社会構造自体が持っているもの、これを構造的スティグマといい、精神疾患をもつ人を排除するような社会のしくみのことを指します。
そして個人レベルのスティグマでは、周囲の人が精神疾患についてもつ否定的なイメージをさし、また患者本人が自分自身に対してもつ否定的なイメージはセルフスティグマと呼ばれています。
つまり、スティグマには精神疾患を持つ人の社会参加を阻害する効果があるとともに、それが本人の社会参加の意志も失わせてしまうという影響があります。
スティグマを減らすための活動はアンチスティグマ活動と呼ばれます。精神疾患に関する正しい知識を普及させることや、精神疾患を持つ人との交流の機会を作ることなどがそれに含まれています。
インターネットにおけるメンタルヘルス情報が広まることによるメリット、デメリット
さて、ということで重要な二つの概念を扱いつつ、今後精神疾患についての情報を伝えていくことで期待される良い効果、そして注意すべきことについてまとめていきたいと思います。
まず良い効果としては、メンタルヘルスリテラシーのメリットとしてあげられたものと同様になるかと思います。
自分、もしくは周囲の人が精神疾患となった際、適切な対処や援助ができるということです。また正しい知識を得ることでスティグマを減らすことができます。
注意すべきことについて、2つの概念を中心に整理していきたいと思います。
概念の漸動(Concept creep)
Haslam N, Vylomova E, Zyphur M, Kashima Y. The cultural dynamics of concept creep. Am Psychol. 2021;76(6):1013-1026. doi:10.1037/amp0000847
概念の漸動とは強い・重い・典型的な事例だけを指していた概念が、しだいにより軽い事例や新しい種類の事例まで含むように広がるという現象です。虐待や精神疾患、トラウマなどについて、こういった現象がみられています。
日常的な範囲内である精神的な苦痛、トラブル、悩みに対し、精神疾患の語彙で理解をすることで過剰な自己診断、他者への診断を招くことがあります。「○○だから私はうつ病」「△△だからあなたは発達障害だ」というような例です。
ループ効果とは、自分のラベルを知った本人が、そのラベルで自分を理解し、周囲の人もそのラベルで扱うようになるという現象です。血液型での分類によって、A型らしく振舞う、O型らしく振舞うというようになるのは分かりやすい例かもしれません。
これによる問題点は、上記の発展形に近いですが、自己診断や相手から安易に押し付けられた診断によって、本来であれば日常の過程、範囲内で回復していた苦痛や苦悩が、深刻化してしまうという恐れがあります。
日常的な苦痛と診断に該当する閾値の苦痛、これらの区別は非常に難しい部分もあり、日常的な苦痛や苦悩を病的と判断すれば概念の漸動とループ効果による過剰診断や医療化につながります。
一方で診断に該当する苦痛を過剰に低く見積もってしまうと、医療や支援につながるべき状況が見過ごされてしまう可能性があります。
私たちがインターネット上で精神医療に関する情報を受け取り、それを活用する際には、まず少なくともそれを誰かを貶める意図で用いないこと、そして情報の参照先を複数持ち、厚生労働省などの公的な情報源を活用することが挙げられます。
扱われている診断名が、きちんと医師による診断によって認められたものかということは一つの指標にもなると思います。
ということで今回は、メンタルヘルスリテラシーとその周辺の概念についてまとめていきました。
正しい情報を得る難しさ、そしてそれを正しく理解する難しさ、そしてそれを正しく活用する難しさと、メンタルヘルスリテラシーは重要ながら困難の多いものでもあります。
私も今後精神疾患に関する情報を発信していくうえで、上記のことに気を付けながら慎重な発信を心がけていきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
参考文献
精神科治療学 Vol.41 No.2 Feb. 2026 星和書店
ソーシャルメディアにおける精神医学的情報発信の倫理と課題-メンタルヘルスリテラシー向上への寄与とリスク- 松崎朝樹
メンタルヘルスリテラシーについて
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 地域精神保健・法制度研究部
Dpt. of Psychiatric Rehabilitation, National Institute of Mental Health, NCNP, Japan
https://www.ncnp.go.jp/nimh/chiiki/about/mhl.html
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